全身全霊の山岳小説 – 夢枕獏『神々の山嶺』感想

本屋に行って次に読む本を探す時に思うことはきっとひとつだ。おもしろい本が読みたい。でも、ただおもしろいだけでは物足りない時がある。そういう時に欲しいのは、この本を書くために生まれてきたと言ってもいい、作家人生のうちに何冊も書けないような全身全霊の一冊。自分の人生を変えてくれるような、自分の内の何かを晴らしてくれそうな強い物語だ。それを望むのなら、『神々の山嶺』という傑作を読まないという手はない。

この本、ジャンルでいったら山岳小説なのだろうけど、ミステリーめいているところもあり、極上のエンターテインメント小説でもありながら、哲学書のように読めないこともないというジャンルレスな作品だと思う。登山をする人はもちろんのこと、私のように登山経験のない門外漢でも十二分に楽しむことが出来るだろう。

夢枕獏の作品を読むのはこれが初めてだったが、心理描写に少々くどいところはあるものの、概ねとても読みやすかった。上下巻あるなかなかのボリュームの作品のはずなのに、これがけっこう流れるように読めてしまうのは、おそらく場面転換のテンポがいいからだと思う。その場面転換も場所から場所へだけではなく、過去、現在、記録、記憶とかなり縦横無尽だ。文庫版の解説にも書いてあるが、話の筋としてはとてもシンプルなのに小説の構造としては複雑な形式をとっていて、それが読み手に心地良い緊張感を与えているように思う。

今回はあまり言うべきことがないというか、こういう滅多にお目にかかれないおもしろい本は何の予備知識もなく飛び込むのが一番だと思うので、あっさりと推薦文を書いて終わりにしようかと考えていたのだが、どうやら無理みたいなので、もう少しだけ続けたい。

この作品が帯びる強烈に心をひきつける力。それはほぼ全部羽生丈二というキャラクターが放っていると言っても過言ではないだろう。これほどまでに心に鬼を宿したキャラクターはちょっと記憶にないし、なかなか忘れられそうにない。ましてこれが実在のモデル(森田勝)がいるというから驚きだ。

羽生丈二という男は一体何なのか?読者は深町の視点を通してそれを突き詰めていくことになるのだが、この羽生へのアプローチこそ『神々の山嶺』という作品の本道であり、そしてその過程のなかで羽生の生き方と自分の生き方を照らし合わせて、何か思うに違いない。

冬山登山者の遭難をニュースで見るたびに、どうしてそんな過酷な状況のなかを登ろうとするのか昔から不思議だった。でも今ならその気持ちが少しわかる気がする。きっとそれが過酷だからいくんだと思う。過酷だからこそ超える価値があるのだ。

全身全霊という言葉があるが、登山とはまさに全身全霊そのものではないだろうか。そしてまたこの『神々の山嶺』という作品もその言葉にふさわしい。当代随一の書き手である作者をもってして「書き残したことはない」とまで言わしめた全身全霊の一冊をぜひ手にとって味わってもらいたい。