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孤独の塊・愛の結晶 – 新井英樹『キーチVS』完結に寄せて

新刊が出るのをいつも心待ちにしていた、たぶん自分がいま追いかけているマンガで一番読むのを楽しみにしていた新井英樹の『キーチVS』の最終11巻が発売された。その前日譚ともいえる主人公・染谷輝一の幼少期を描いた『キーチ!!』が全9巻なので合わせれば20巻。作者のキャリアで今のところ最大のシリーズ作品となった。

『キーチ』の第一話を読んだ時、『キーチVS』の最終話を想像できた人はたぶんひとりもいないだろう。なぜならキーチシリーズ、特に『キーチVS』はその時々の世相や時代の空気を目一杯吸い込んだ「生もの」みたいなマンガだからだ。

「今」をシニカルに切り取る手法は新井氏の作風であり、代表作である『ザ・ワールド・イズ・マイン』もまた『キーチVS』と同じように連載時の不穏な空気を詰め込んだ作品だった。でも『キーチVS』の方が『ザ・ワールド・イズ・マイン』以上に「今」読むことに価値がある作品だったように思う。現在進行形で連載や新刊を追いかけ、その時の現実世界とリンクさせながらこの『キーチVS』という歴史に残るべき問題作をリアルタイムで体験できたことを私は幸せに思っている。

孤独の塊・愛の結晶

最終話のラストカット、キーチが天に向かって突き上げた握り拳は、本を閉じた後もずっとこの胸に突き刺さったまま抜けない。

きつく閉じられた五本の指。その隙間のない拳はまるで何もかも入り込む余地のない完結した孤独の塊だ。力強く、そして物悲しい。それは私たち人間そのものだとは思えないだろうか。

しかし、私たちは忘れてはならない。私たちがいまここにいることは、私たちの父と母が自分以外の誰かの存在を求めたその結果なのだということを。ひとつの生命としての孤独を貫けなかった、もしくは孤独の塊を貫く許しを知ったその愛の結晶だ。

孤独の塊、愛の結晶。このマンガにはそのふたつが人間として描かれている。だから私は信じられる気がするのだ。この世界には孤独と愛、そのどちらかだけが溢れた人間の生は存在しないと思うから。そう信じているから。拳を握りしめる感情。誰かと手を繋ぎたくなる感情。その両方を知らないまま生きていくことは、何もわからないまま死んでいることと一緒だと、自分に深く刻み込むためにもここはあえて強い言葉で結びたい。