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藤田作品とわたし – 藤田和日郎『月光条例』完結によせて

藤田和日郎、ここに完全燃焼。もうこれ以上絞ったって削ったってなんにも出てこないだろうってくらい、絵もセリフもすべて燃え尽きている。蝋燭の火は燃え尽きる直前が一番強く燃え上がるというが、これはまさにそんな最終巻だった。

過去作と一線を画した到達点

これだけ燃え尽きれば、しばらくはマンガのマの字も見たくなくなるのではないだろうか。でも藤田和日郎というマンガ家は週刊連載という創作の戦場へ近いうちに必ず戻ってくるはずだ。真っ白な灰になっても、またイチから新しいマンガを描く。

生業というのもあるのだろうが、それとはまた別の意味できっと描かずにはいられないのだろう。私にはそんな藤田さんがオオイミ王のいう何度でも立ち上がる「ヒーロー」みたいに見えるし、創作という業に取り憑かれた鬼のようにも見える。

『月光条例』を読んで改めて感じたが、藤田さんは物語を作り出すことや、それを読んでもらうことの喜びに対して凄く真摯であり、また貪欲だ。この『月光条例』はそんな藤田さんだからこそ描くことができたマンガだと思うし、その到達点や価値は『うしおととら』や『からくりサーカス』といった過去作と一線を画した全く別のところにあると私は思っている。

いつもみたいに響かない藤田節

さてさて。良い子のターンはここまで。

「とはいえ」だ。文句なんて書くことなく終わりたかったが、これを逃したら書く機会もないだろうから思ったことを全部きっちり書いておくことにする。

この『月光条例』というマンガ、純粋におもしろいかおもしろくないかでいえば、私はおもしろくないと思った。申し訳ないが最初から最後まで。実験的で凄いことをやっているとは思ったが、それがおもしろくなっているかどうかはまた別問題だ。

おそらく『月光条例』は「藤田和日郎による藤田和日郎のためのマンガ」という面が強過ぎたんだと思う。藤田さんの思い入れとしてはもしかしたら過去の長編二作品よりも強いものがあったかもしれない。でもその思い入れの強さが味付けとしてどうも悪い方向に振れてしまったように思う。

何て言うだろう、藤田さんのエゴにずっと付き合っているような感じなのだ。まあ、どんな物語も作者のエゴの塊みたいなものなんだろうけど、『月光条例』の藤田さんは「俺はこう思う!俺はこう思う!!」と息を巻いて叫んでいるばかりで、一度も「お前はどう思う?」と私たちに聞いてくれなかったような気がしている。

だからなのか、要所要所で炸裂するいつもの藤田節も、今回はひどくしつこいように感じた。なのに肝心の中身が空虚で軽い。しつこいと軽いが混ざるというのも変な話だが、まるで相手がどう聞こえてるかなんてお構いなしにただ自分が喋りたいことだけを喋りまくろうとする、そんな聞く耳を持たない老人の説教を延々と聞いている気分なのだ。だから最後の方はもう本当に辟易していたし、正直ついていけないとさえ感じた。

うなづくだけの時代は過ぎて

これはひとえに藤田さんが歳を取ったというだけの話なのかもしれない。説教臭いのは昔からで、それも藤田さんの味みたいなところもあるのだが、ならばその匙加減を見誤るくらい歳を取ったということなのだろう。

そしてまた読み手の私も歳を取ったのだと思う。『うしおととら』や『からくりサーカス』を読んだのは、まだ若かりし学生時代の話だ。それから社会に出て、それなりに揉まれて、今や家族を養うようになり、つまり大人になった。自分なりの「人生とはかくあるべし」みたいな金言も、あの頃よりは見つけてきたつもりでもある。

だから、昔はただただ「そうか!」とハッとさせららていた藤田節に、今は「そうか?」と疑問符がついてしまう。うなづくだけの時代は過ぎて、本との向き合い方自体が変わった。これも『月光条例』を楽しむことができなかった理由のひとつなのではないかと感じている。

藤田作品とわたし

つらつらと思いの丈を書いてきたが最後にあと少しだけ。

「それでも」だ。やっぱり藤田さんは正しい。ここまで読んでくれた方は「おいおい何のこっちゃ?」と思うかもしれないが、それでもやっぱり私は藤田さんは正しいと思うのだ。だって藤田さんのマンガは少年誌だからこそ光ると思うから。だから藤田さんはこれからも少年マンガを描くべきだし、どんなことがあってもスピリッツではなくサンデーで、しかも大風呂敷を広げまくった長編をやるべきだ。

そう、結局のところ私は藤田さんの少年マンガをいつまでも読みたいんだと思う。藤田作品は何ていうか描き手の藤田さんだけでなく、読み手である私にとってもいつだってもうひとりの自分みたいに感じている。だから藤田作品はこれからも自分にとって理屈を超えたところにあり続けるような気がする。

整理のつかないモヤモヤまで余すことなく書いてみたら、まるで月打を喰らったかのような捻じ曲ったファンレターみたいになってしまった。まあこれはこれで『月光条例』の感想らしいかんじでいいかな。藤田さん、次の連載を(怖いけど)楽しみにしています。